Aさんが違和感を覚えた理由は明らかだった。そうだ。校歌だ。卒業式の練習のとき、Bさんは確かに校歌を歌ってくれなかったのだ。Aさんはそのことを思い出した。
AさんはBさんとクラスメイトだった中学時代、合唱コンクールでは指揮者も務めたことがあるような、教育委員会イチオシの逸材だった。
合唱コンクールで指揮者を務めていたこともあり、Aさんは卒業式に歌う歌の練習を担任から任されていた。「最後ぐらいちゃんと歌ってくれよって、言えませんでしたね」Aさんは寂しそうにそう術懐してくれた。
そんな人間が目の前で歌っているのを見れば、違和感を覚えるのも当然である。
自分の卒業式の校歌さえ格好つけて、ロクに歌わないような輩が今はなんだ?ノリノリで「愛してる~」とか言っちゃてんのである。さらに、Aさんや他の成人達をこのカラオケに誘いだしたのも、このBさんだったとあれば、その違和感は怒りにすら変わるだろう。
挙句の果てにはヤンキーから
「お前も歌えよ」と煽られたとか
口パクをしてまで頑なに歌わない輩も
確かに言われてみれば、世のヤンキーたちは元々カラオケ好きなイメージだ。イヤホンをつけて授業をうけるぐらい音楽も好きだし、クラブに行って踊り狂ったりもする。ヤンキー仲間同士でカラオケに出かけるなんていうのは、日常茶飯事だ。だが、格好つけて校歌は歌わない奴が確かに多い。
校歌を歌わないことを何故格好が良いと思えるのか?
どうして歌わないことに、あそこまでこだわりを持っているのか?
その答えは依然として謎のままであるものの、聞くところによれば、中には先生に怒られないように、口パクする奴までいるそうである。
昔堅気のヤンキーには、むしろ大声で歌って卒業式にはむせび泣くような好人物もいるとのことだが、ごくごく一部のお話だろう。他にも様々な人から思い出話と意見を伺ったが、ヤンキーは校歌は歌わないがカラオケは歌う。どうやら、これは定説のようである。
最後に中学時代はヤンキーだったという男性に話を聞いてみることにした。
「恥ずかしいんだよ、あれ。校歌ってダサい感じがしたんだよね、あの時は。ヘタに真面目に歌うと、ツレにアイツ歌っちゃってるよーとか言われちゃうしね。カラオケはさ、遊びじゃん。最近の歌を歌えるから、皆で盛り上がれるし。でも、意外と卒業式当日だけは歌う奴いるよ。懐かしいなぁ」
別れ際、彼に「今でも校歌を歌えますか?」と質問してみた。
「歌えるよ」と彼は照れ臭そうに笑ってくれた。