「土下座」(某公立大学文学部A男さんの物語)
当時のA男さんは、一浪して入学した一流大学で一留しているという状況であった。留年の理由は、卒論が間に合ったところで、どうにもならないレベルでの単位不足である。だが、流石に二度は留年できないということで奮起。
とうとう卒論を出せば卒業というところまでこぎつけた。しかし、卒論の作成に早めに取り掛かろうとした時、悲劇は起きた。
ゲームに嵌ってしまったのである。
気づいた頃にはすっかり卒論のことを忘れ、提出期限まで三日ほど。
だが、それでも彼はあきらめなかった。
指導教授室のドアをノックし、あきれ顔の教授を見るなり、すぐさま土下座を決行したのである。
さぁ、努力?は実るか!?
「マジすんません、マジで間に合いません」
教授は困ったが、すぐに厳しい表情に変わり
「じゃあ君だめだよ……来年頑張りなさい」とA男さんに頭を上げるように促した。
「卒論の期限をのばして頂けるまでは、ここを一歩も動きません!」
そんなことをしている時間があるなら、家に帰ってギリギリまであがいた方がよさそうなものだが、彼の頭にはそんな思考はなかった。
「個人的には延ばしてあげたいんだけどね。受付担当は教務課だし、絶対できないんだよ。それは」
「そこを何とか!!」
わざとらしい涙声の泣き落としが何分続いただろうか。そしてとうとう指導教授が妥協案を出すに至る。
「じゃあ、これでどう? 来年の締切りなら、後まるまる一年も卒論書くのに時間使えるよ。じゃあ君の熱意に免じて今回だけは特別に来年の締切りまで待とう」
「 ありがとうございます!助かります!」
「………………ん?意味わかってるのか?……この子は……?」
そう、彼は馬鹿だった。
やさしく背中を押されながら指導教授の部屋を追い出されたとき、彼は思った。
やった!これで今年卒業出来る!卒論の提出は卒業してから来年出しに行けばいいんだと。
そしてそれなら、帰ってゲームしようと。
もちろん、教授が言っていたのは単なる冗談交じりの嫌味で、その年、彼に卒業の通知が届かなかったのは言うまでもない。
後に彼の土下座エピソードは、学生達に卒論の提出期限の厳格さを説明する際に引用されるようになり、しばらくの間、教務課内では大変重宝されていたという。
卒論だけは絶対に期限を守りましょう。執筆は計画的に。