人事の反応は意外と淡々としたもの
「ああいう社長の下について働き続ける方がリスキーな気がしたんです。社長の周りの人間も良く見ると腰ぎんちゃくみたいな人間ばっかりで。これは取りあえず仕事をしてみてから判断するまでもないなって。どうせ続ける気がないんなら、早い方が良いって思ったんです」
【退職届と辞表】
民間企業に務める通常の新卒社員が提出するのは退職届。ドラマなどで良く聞く『辞表』を提出するのは会社の役員や公務員などである。
本格的に仕事をするようになる前どころか、新人研修すら行っていない佐伯さん。退職届を出したとき、人事はどのような反応を見せたのだろう。必死で引きとめたに違いない。
「それは案外あっさりでしたね。少し理由を聞かれた後に、はい、わかりましたって、それだけでした。凄く怒られると思ったんですが、淡々としたものでしたよ。きっと僕みたいな人間が過去にも結構いたんじゃないですか?過去最短だよと苦笑いはされましたが……」
現在、佐伯さんは再就職し、中堅のIT企業で働いているそうだ。仕事は楽しいし、このまま辞めずに続けていくつもりだという。新卒で入った会社をすぐに辞めてしまったからといって、会社というシステムになじめない人間と判断するのは早計だということなのかもしれない。彼には彼なりのポリシーがあり、単純にそれに従っただけだったということだろう。
【給与明細の確認】
ごく稀に、すでに退職した人間だからと言って、支払うべき給与を減額したり、支払いを拒否する経営者がいる。もちろんこれらは違法だ。会社を辞めた後でも最後の給料分まで明細はきっちり確認したいところだ。
労働時間に見合わないお給料、時給換算で600円以下
一方で、大手アパレルメーカーを3か月で退職した山田さん(女性)は、現在も再就職はしておらず、派遣とアルバイトで生計を立てているという。
「私がすぐに会社を辞めたのは労働環境に不信感を持ったからでした。1か月ぐらい研修をして、すぐに本格的な業務を任されました。それからは定時に帰れるなんて一度もありませんでしたね。ほとんど終電近くに退社していました」
「残業代はみなし残業で30時間分支払われていたので、それ以上はゼロです。上司に不満をぶつけたら、仕事が出来る人間になれば、ちゃんと時間通りに帰れるようになるし、半人前の新人は時間を使って何ぼだって、取り合ってもくれませんでした。商品の搬入が量販店が閉店する8時か9時に始まるのに、そんなことあり得ないですよね。もちろん、時間調整なんてありません。休日出勤しても代休もありませんでした」
「それからはもう時間とお金の問題について会社を信じられなくなってしまって、やる気が失せました。大学まではずっとアルバイトでしたから、時給でお給料が支払われていたので、その感覚が抜けきれなかった私も悪いとは思うんですが、この労働時間でこのお給料、時給いくらだろうって計算した時に800円にも満たなくて、これならバイトした方がマシだなって思ったんです」
「退職の意思を告げた時は会社の先輩に引きとめられましたが、どこもそうだから我慢しなよって言うばっかりで、何も心に響きませんでした。むしろ、私も先輩たちのような感覚に染まっていくのが怖くなってしまったところがあります」
【転職活動】
新卒で入社した会社を超短期間で辞めてしまった場合、基本的に第二新卒枠で転職することになる。現状では意外と募集があるようだ。ただし、選考に関しては1年以上~3年程度の社会経験を持つ応募者と争いになるので、若干の不利は否めない。
派遣とバイトで働いている今の方が、時間当たりの給料は高い
「今は時給1200円貰える派遣のお仕事と、週の半分ほど夜スナックでアルバイトをしています。労働時間は会社にいた頃よりずっと短いのにお給料は良いです。こういう働き方の方が私に合っているのかなって今は思ってます」
「就職活動をしていた時は正社員じゃなきゃ正社員じゃなきゃって強迫観念みたいなのがあったんですけど、馬鹿みたいでしたね。安定と社会的な信頼を得ようとして長時間労働で体を壊してたら意味ないです。あのまま続けていたら、たぶん病気になっていたと思います」
彼女のように会社の労働環境が理由ですぐに会社を辞めるタイプは意外と多そうだ。彼女の友人にも同じような理由で1年以内に退職してしまった人間が数多くいるという。もう、正社員として企業で働くつもりはないのだろうか?
「うーん、今のところは考えられないですね。ごく短い期間しか働いていないですけど、どこも同じだって聞かされてからは勇気が出ないんです。会社にしがみつくじゃないですけど、正社員になると皆そんな生き方をしなきゃいけないのかって思ってしまいます。良い会社があればって感じですね。でも、入ってみないと分からない話ですから。今はあの会社でのトラウマが消えるまで、しばらく派遣とアルバイトでやっていくつもりです」
【超早期退職は職歴のキズ?】
日本のビジネス社会には会社を辞めたことがある人間に依然として厳しい。超短期間で辞めたとなればなおのことそうだ。しかしながら、一方ではそのハンデを乗り切ることさえ出来れば、より早く新天地で再スタートを切れるというメリットもある。とどのつまりは、自分がどう決断するかということなのだろう。
問題があるのは、すぐに辞めてしまう新卒社員だけではない
新卒が入ってすぐ辞めたというと、一般的に新卒側に問題があると思われがちだ。だが、彼らの話を聞く限りでは会社側にも問題となる部分がありそうである。会社に対して不満をもった段階ですぐに辞める決断をしてしまう若者を、「根性が足りない」と一蹴してしまうのは簡単だが、それだけで済ませてしまっていては何時までたっても企業としても成長は見込めない。
無論、企業側には企業側の言い分があり、「働く気がなくなった」といった単なる甘えと捉えられかねない理由で辞めてしまった人も沢山いるだろう。
しかし、それにだってそう思わせてしまう、何かしらの引き金があったのは確かだ。退職を即決することが正しいとまでは言いたくないが、問題点を顧みずに必要以上に彼らを批判的な目でみるというのは少し違う気がする。
入社してすぐに辞めてしまう社員が継続して出ている企業の経営者や人事の担当者は、今一度、客観的な視点でその体質や環境を精査した方が良いかもしれない。
佐伯さんのように社長の挨拶だけで退職を決意するのは流石に早すぎるような気がするが、彼もまた社会の一員である。そうした人物が存在している以上、今の時代は細かい部分にまで配慮が必要だということだろう。
そんな人物はいらないと幾ら言っても、山田さんが言った「会社は入ってみないと分からない」のと同じで、「人は雇ってみないと分からない」ものなのである。