「何かの本でそれで仕事が効率化したって話を見たみたいでしてね……でも、良く聞くとそれは工場でのケースなんです。不動産投資の会社だったので、確かに営業部はあちこち社内を駆けずりまわることが多いですが、事務作業だってありますし、電話応対だってあります。外回りで棒になった足で作業用椅子に座れなんてひどい話ですよ。クライアントが来社した時にはちょっとした苦笑いを頂戴しました」
「ただ結局は作業効率が悪い上に、コストがかかるんで数か月で以前の椅子に戻しました。ここまでなら、まぁ、新しい取り組みに挑戦はしてみたってことで許せますけど、取りやめにしたとき、経営者が言うんです。失敗から学べたお金では買えない価値があったって。カードの宣伝じゃないんですから。それなら給料をあげて欲しいですよ」
今はバランスボールを椅子に採用する企業もある時代(導入の成功例が多数ある模様)。この程度であれば、よくある奇抜な取り組みの失敗例で済むのかもしれないが、導入前から明らかに効果がなさそうなものとなると、それに付き合わされる従業員はたまったものではない。
オシャレなオフィスに中途半端に憧れる
「後はアレですね。コミュニケーションスペース。これはネットで外資系企業のオフィス画像を見てから思い付いたアイデアみたいで、三人ぐらいがコーヒーを飲みながら話せる、カラフルな椅子と丸テーブルがオフィスのど真ん中に用意されました。完全なさらし者ですよ。誰も使いませんでした」
「よくあるオシャレなオフィスに憧れてやったみたいなんですが、ウチはスペースが狭いし、本当に無駄でしたね。これも数か月で端の方に追いやられて、私が退職する時には誰が書いたか分からない絵画が置かれていました。信号機みたいな色の椅子と一緒に」
聞いている方としてはちょっと笑える話だ。しかし、意識高い系経営者の活躍はまだ続く。
社員に推薦図書の感想文を提出させる
「いまだに続いているらしいのは、3か月に一度提出の社長の推薦図書の感想文です。世間で言う意識高い系の例に漏れずに、社長は自己啓発系の本ですとか、有名企業の経営者の自叙伝みたいなのが好きなんですが、それの感想文を社員全員に提出させるんです」
「特に気に入った本になると、勉強会が開催されたことまでありました。提出までの期間は結構あったんでそこまでの負担はありませんでしたが、感想文が苦手な人はヒイヒイ言ってましたね。内緒で文章が得意な社員をゴーストライターにして、報酬代わりに飲み代を出している上長もいたくらいです。私が新入社員だった頃は普通の経営者って感じで平和だったんですが、今思えば、これを言い出した辺りからおかしくなってましたね。ここからスイッチが入っちゃった感じです」
次から次へと出てくるエピソード。まだまだ話を伺いたいところだが、もっとも意識高い系なものを最後に挙げて貰った。
社員も顧客も全て日本人なのに公用語を英語に
「社内の公用語が英語になったんです。従業員に外国人は一人もいないし、お客さんは日本人しかいないのに……投資用の物件も全て国内で、海外を視野に入れてというわけでもありません。そんな力ありませんから。事務を手伝ってくれるアルバイトの方を含めても、従業員が50人もいない企業です。意味がわかりませんでしたが、確かなドヤ顔でしたね。社長は」
「それからは社内がシーンとなりました。口頭での上司への報連相もほぼありません。必要な時は筆談です。ほとんどの社員が筆談みたいな形で、パソコンの画面だけで業務報告を行っていました。一言で済むことでも凄く時間がかかりましたよ。会議も映画上映会みたいに、プロジェクターに映される説明文だらけの資料を眺めていました」
「この取り組みの寿命は過去最短でした。2週間ぐらいだと思います。英会話教室に行こうともしないお前らは、自分への投資が足りない!って途中で社長は切れてましたが、それがメチャクチャ日本語だったのが笑えました。これだけに限らず、なんだかんだで結構あきっぽいんで、やり始めたことをすぐにあきらめてくれたのは、唯一の救いでしたね」
「当時はあの意識高い系社長がウザくて仕方ありませんでしたけど、退職した今もSNSで友達の状態なので、そこは楽しませて貰っています。無料でリアル地獄のミサワを読んでいるようなものですから」
皆さんの会社の経営者は大丈夫?
今日も増殖し続ける意識高い系。今回はそれが経営の世界にも及んでいるという話であったが、皆さんの会社の経営者は大丈夫であろうか?
他にも彼の話を参考に聞き取りを行った結果、似たような事例を簡単に引き出すことが出来たあたりから考えると、増えているというのはおそらく事実なのだろう。話を聞く限りでは、どうもこの投資不動産会社社長のケースは社長になってから意識が高くなったバージョンのようであるが、今後は意識高い系が起業し、実際に会社を経営するケースが増えることが予想される。
もしもそうした会社に入社してしまったら、出来ることは意識高い系社員と意識高い系経営者のケミストリー(笑)に賭けてみるぐらいしかないのかもしれない。
そういえば、「マイナスとマイナスをかけるとプラスになる」は、彼らが大好きな言葉の一つであった。